京成電鉄

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クハ2000形    3300系 旧々塗色・更新前

クハ2000形

Date 77/09/?? クハ2000[6.0KB]
[100KB]
Place京成電鉄京成津田沼駅
Equipment ペトリの35mmレンジファインダー
FilmSakuracolor100
Exposure覚えてない

メチャメチャ古い写真です。 前のページのよりも古いです(^^;)
東京都〜千葉県の京成電鉄の、 「青電」と呼ばれていた車両です。

クハ2000形は昭和23年から25年の間に、 戦災を受けた17m車国電を譲り受け、 復旧車として製造されました。 このクハ2008は、 のちに更新を重ねて、 昭和45年に写真の姿となりました。
クハ2008の相方はモハ210形で、 こちらは'32(昭和7)年生まれの17m車ですが、 '67(昭和42)年に釣掛車から新性能車に更新されました(!!)。 余った古い部品は、 新京成モハ250形 に使用されました。 あと、 反対側の制御車はクハ2100形です。
この編成は昭和62年ごろまで現役で走っていました。 最後まで残った「旧青電」というわけです。 晩年は真っ赤っ赤にクリームの帯という塗色でした。
クハ2000形の一部は'68(昭和43)年に新京成に譲渡されました。

私自身は、 結局「青電」に乗ったことがありません。 京成を使うときは、津田沼から谷津遊園、船橋、または上野へ行くときで、 普通列車はめったに乗りませんでした。 たまに千葉へ行ったときも「青電」には当たりませんでした。

フィルムは「サクラカラー」です。
ひょっとして知らない人もいるかも知れないので説明しますが、 「サクラカラー」は、今の「コニカカラー」のことです。
それから、 「ペトリ」というカメラメーカー、 ご存知ですか。 私は全く知りません。 当時もすでになかったのではないでしょうか。

昔のフィルム、昔のカメラで、薄曇りで逆光、 ネガの傷もちょっと見えていて非常にきたない画像ですが、 もともとこのページは「質」を求めるつもりはありませんので悪しからず(^^;)。 しかし、 焼き付けでは側面なんかもっと見えているんですが、 スキャンすると完璧につぶれてますね。 ちょっと残念です。
それから、 トリミングしてます。 すみません。

写真は、 小学3年生のころに撮影したものです。

これより前の8月ごろ、 父から初めてカメラを使わせてもらいました。
それ以来写真撮影にハマり、 暇(とフィルム)さえあれば、 電車の写真を撮りに一人であちこち出かけていました。 親は私について行くのに疲れて、 私は放ったらかされました。 9歳の子供に一人で遠出を認める親も親ですが、 それをいいことに出かける子供も子供ですね(苦笑)。

個人的には思い出のある写真ですが、 やっぱりきたないなぁ(^^;)

まいのり亭 Rail Room


3300系 旧々塗色・更新前

Date 77/09/?? クハ2000[7.9KB]
[73KB]
Place京成電鉄京成津田沼駅
Equipment ペトリの35mmレンジファインダー
FilmSakuracolor100
Exposure覚えてない

こちらは「赤電」です。

3300系は'68(昭和43)年から'71(昭和46)年にかけて製造された新性能車です。 写真のモハ3324は'70(昭和45)年製で、 電動方向幕とコイルばねを装備し、 「2次車」といわれています。 ちなみに「1次車」は方向幕なし(製造当初)、 空気バネ装備です。
冷房化・車体更新・塗装変更(2回)を受け、 現在に至っています。

それにしても写真がきたないです。 上屋で影になっている部分も、 床下機器も完全につぶれてしまいました。 まあ、 「フルカラー」といっても「たかだか」128階調しかないのですから。 仕方ありません。 って、 このページの存在意義を否定するようなことはあまり言わないでおきましょう(苦笑)。
上にある写真もそうですが、 どアンダーです。 ネガが白っぽいです。
これもトリミングしてます。 すみません。

京成津田沼駅の西側、 この写真の右手には、 車両工場がありました。 ここは第1工場と呼ばれており、 第2工場は新京成電鉄の新津田沼の東側にありました。
'81(昭和57)年に工場は宗吾参道へ移転し、 京成津田沼の第1工場の跡地には今は商業ビルが建っています。 新津田沼の第2工場も閉鎖され、 人工スキー場をはじめとする商業地区に生まれ変わっています。

ま、よくある話ですね。

まいのり亭 Rail Room


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