別府港には、多木化学という会社の工場がありました。 私が想像するに、おそらくは そこで必要な薬品を運ぶ貨車を国鉄から引き込むという役割を担っていたはずです。 しかし、国鉄貨物の大合理化の余波を受け、 同鉄道野口線(野口〜別府港)とともにあえなく消えてしまいました。
私が訪ねた廃止直前の'83(昭和58)年12月は、
列車は1日に朝1、昼1、夕2の合計4往復の運行でした。
車庫は別府港にあったため、ここを中心にダイヤが組まれていました。
ということは、土山から別府鉄道に乗ろうと思うと、
時間を持て余すような事態になります。
しかし、別府港は、実は山陽電鉄の電鉄別府(現別府)
からそれほど離れていないので、乗りに行くのはそれほど苦ではありませんでした。
実際に私の取った行動は、このようなものでした。
余談ですが、筆者はこの頃高校受験を控えており、
ふらふらと遊び歩いている場合ではなかったのですが、
「この現代に混合列車を走らせている鉄道が消える」
と聞き、どうしても見ておきたかったのでした。
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| 土山〜中野にて[76KB] |
2軸の機関車、2軸の客車……。まるでおもちゃの世界です。 後部に連結されているタンク車が多木化学の私有貨車です。
次に2軸客車を紹介します。
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